ぼくが見ているのは何なのだろう?
なんと清らかな幻視だろう!
ぼくは創造主を見、その內に被造物を見る。
神の中に虚無を見る、ぼくを恍惚とさせる存在を。
片方はぼくを殺し、他方はぼくの魂を喜ばせる
最高の善において。
ぼくは美しい自然の中に、単純な無を見出す。
なんという驚異!虚無の中の虚無が罪によって、ぼくの内に現れた。
でも、ぼくが己を捨て天を見上げるならば、
ぼくは神の神を見る、澄み渡る雲に
太陽は隠れている。
天の守護者よ、ベールを少しだけ上げてください。
ぼくの神が愛としてご自身を現わすように、
真実としての姿ではなく。
自分が何を言っているのか分からないな、
愛と叡智は、真実とともに同じ本質を共有している
三位一体の內で。
ぼくよ!何が見える?何も見えない。
いや、ぞくは全体を把握している。
結果は原因を見ることができない。
噫!ぼく正気を失った!
懊!無限の存在の前では、誰だって我を忘れてしまうだろう?
天使ですら聖なる弱さのうちに、
イエス・キリストにおける命を見出すのだから。
(Via https://imagesentete.blogspot.com/2018/12/claude-hopil-poete-du-xviie-siecle.html?m=1 )



