(拙訳)
17世紀初頭の哲学者・詩人マリーノと、17世紀末の哲学者・詩人ライプニッツの間には、時間的にも地理的にも互いに可逆な位置関係にあり、それぞれ、一時期、第二の祖国として機能したフランスの両側であるイタリアとドイツで生まれた。マリーノは1615年から1623年までパリに住んでいた。ライプニッツは1672年にパリに到着し、1676年末まで滞在した後、ロンドン、オランダを経てハノーファーに定住した。「単子論(モナドロジー)」が出版されたのは1714年でマリーノの「聖講話」からちょうど1世紀後のことである。
ライプニッツがモナドに帰している主な性質は、原型的なマリーノの作品世界にもある。後者は至高のモナドであり、ライプニッツが神のイデアを指定するモナドである。
ライプニッツによれば、各存在の内部には無限の連動する存在があり、各個人の不可分の閾値は無限に押し戻される。16世紀末のアルチンボルドや、17世紀初頭のジョバンニ・バッティスタ・ブラチェッリ、ニコラ・ド・ラルメサン2世が、果物や本やバネの集合体からなる不思議な図形を描いたり、彫ったり、彩ったりしたのは、おそらくこのような直観が、まだ黎明期で、いかなる理論化からもかけ離れていたためだろう。
マリーノは「アドニス」の最終オクターヴで、平和をもたらすヴィーナスの庇護のもと、人間と神々の社会(天/地/地獄)の和解が普遍的な平和へ回帰することを喚起した。同じように、ライプニッツは「単子論」の結語で、普遍的な和合、今後すべての霊魂の集まりが神の都市を構成する・つまり現れうる最も完全な君主が、完璧な国家を成すに違いない、と締め括った。
(Via "La scène de l'écriture : Essai sur la poésie philosophique du Cavalier Marin 1569-1625" )
【蛇足】マリーノの伝記作家であるフランチェスコ・ロレダーノは、詩人を「あらゆる石から水銀を作り出す方法を知る、不思議の鍛冶屋」と評した。
【蛇足2】「アドニス」はふらんすへ渡りラ・フォンテーヌに強い影響を与えた。そしてヴィルヌーヴ夫人につながっている。