呪われた柱、
今、オジロワシの鳴き立てる場と化した。
モンフォーコンよ、おまえのすのこ板に上ると、
苦痛よりも恐怖が強い。
(大矢タカヤス 訳)
【余談】1️⃣ル・プチには「滑稽なウィーン」という詩集もあったらしい。彼は、イエズス会の矯正を拒んで僧侶を刺して海外逃亡しスペイン、イタリア、オーストリア、ボヘミア地域、ドイツ、オランダ、イギリスを漫遊した。さすがに「北のヴェネツィア」サンクトペテルブルクには行かなかったようだ。
2️⃣この詩人が、王室の倫理に刃向かった見せしめとして火刑に処された翌年(1663年)、オランダ・ライデンで「美神たちの淫売宿」が出版された。詩人は原稿のコピーを友人の一人、シルデベック男爵に送っていたのだ。男爵が印刷させた本は、国立図書館に1部だけYe 4920という番号で保管されていた。
だがこの蔵書は、19世紀半ばに何者かの手によって姿を消す。
権力が亡きものにしようとした陰謀が想定される。
しかし、エドゥワ・トリコテルとアルフレッド・ベジという2人の愛書家がそれより前に別々に内容を書き写して保管していた。その2人の筆写をもとに、1910年「美神たちの淫売宿」はフレデリック・ラシェーヴル社から 200 部発行された。
3️⃣末期の言葉は「C’est fini.」(アンジェリク内輪うけ)